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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(あ)2089号 決定

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を本刑に算入する。

理由

弁護人大谷文彦の上告趣意一について

所論は、憲法三一条、二九条違反をいうが、その実質は、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法二条二項の解釈適用の誤りをいう単なる法令違反の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

(なお、同法二条二項の規定によれば、同項所定の公告は、官報及び新聞紙に掲載し、かつ、検察庁の掲示場に掲示して行うのが原則であるが、没収すべき物の価額が五〇〇〇円に満たないことが明らかなときは、後者の方法のみで足りるとされている。ところで、第一審判決の没収した本件覚せい剤は、記録によると、被告人が覚せい剤の密売人とおぼしき韓国在住の韓某から運搬方を依頼されて本邦に密輸入したものであり、何人もこれを合法的に所有することができない性質のものであるから、これにつき法的に容認することのできる価額が形成されることはありえない。そうすると、本件覚せい剤については、その価額はないものとみて、公告の方法としては検察庁の掲示場における掲示をもつて足りると解すべきである。)

同二について

所論は、単なる法令違反の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項但書、刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗 谷口正孝)

弁護人大谷文彦の上告趣意

一、原判決は、次のとおり憲法第三一条、第二九条に違反しており、破棄を免れない。

(一) 本件第一審判決は、記録上明らかなとおり、被告人が所持していた覚せい剤を、覚せい剤取締法第四一条の六、並びに関税法第一一八条第一項本文、第三項一号ロにより没収している。その前提手続として、本件では、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法第二条第二項但書により、いわゆる庁内掲示のみが為され、同条項本文に規定する官報及び新聞紙への掲載は為されていない。右判決は、その理由として、特にその判決理由末尾において括孤内に、大略次のとおり述べる。即ち、本件覚せい剤の如き法禁物については、正当な所持人の存在は殆んど考えられないこと、価格を零と評価しても、右応急措置法第一三条による事後救済手段があるので違法ではない、と言う。本件記録に添付された東京高等裁判所昭和五二年一一月三〇日判決、判例時報八八七号一一七頁の判決も、ほぼ、右と同旨を述べている。

(二) 然し乍ら、右応急措置法について、右のような解釈をすることは許されない。同法第二条第二項は、法禁物であるか否かによつて区別をしていない。正当な所有者が一般的に存在しないことが多い、ということと、具体的事件についてどうか、ということとは全く別個のことであり、右のような一般論は、その旨の規定があつて初めて受容できるものである。右条項但書は、価額のみを要件としており、これは、正当な所有者が仮にいた場合に、その者に与える損害が小さいことを理由とする特則である。正当な所有者がいるかいないか、その蓋然性はどうか、ということと何らの関係が無いのである。また、価額の算定について法禁物か否かを考慮に入れるのはおかしい。同応急措置法は、第三者が所有者である場合の手続を定めるのであつて、正当な所有者である場合のみの手続を定めるものではない。正当でない所有者の場合には、還付の後に、然るべき法条違反で逮捕し、押収すれば良いのである。

(三) ところで、右応急措置法は、その立法経緯からも知られるとおり、被告人以外の第三者が所有する物について没収刑を言い渡すに際し、憲法第三一条、第二九条の規定に違反することを避ける手続として制定された(法曹時報第一五巻第九号一頁以下参照)ものである。従つて、右応急措置法の主要部分の不遵守は、直ちに憲法第三一条、第二九条の違反を招来する、と言わなければない。最高裁判所大法廷判決昭和三七年一一月二八日最高裁判所刑事判例集一六巻一一号一五九三頁は、「第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない。」と言い、右応急措置法の主要部分は、所有者である第三者に対して告知し、弁解、防禦の機会を与える手続を定める部分であることを示唆する。然るところ、本件で問題とされた右応急措置法第二条第二項は、所有者である第三者への告知の方法を定める規定であるから、同法の主要規定であり、これに対する違反は前記のとおり憲法違反と言わなければならない。

(四) 最高裁判所大法廷判決昭和三九年一一月一八日最高裁判所刑事判例集一八巻九号五九七頁は、「原審で主張判断を経なかつた事項に関し、当審において新たに違憲をいう主張は、適法な上告理由に当らないものといわなければならない。」と言うが、その少し後に、「たとえそれが第一審判決の適用法条の合憲性の有無に関するものであつても、職権調査の義務を当然には負うものではな」い、と言う。これは、控訴審が職権調査義務を負う場合が有り得ることを示唆するものであり、最高裁判所第三小法廷決定昭和四七年一月一八日判例時報六五五号八五頁は、第一審判決の瑕疵につき、控訴審の職権調査義務を認めた例である。

(五) 本件第一審判決は、前記のとおり、憲法第三一条、第二九条に違反して没収刑を言い渡したものであるが、これは、前記昭和四七年最高裁判所決定における事案のような単純なミスではなく、十分に問題点を意識したうえでの違憲判断・違憲措置である。このことは、本件第一審において、検察官釈明書、前記東京高等裁判所判決の謄本などが公判廷に提出され、記録に編綴されていることから明らかであり、また、第一審判決書自体、特にその末尾で、本件没収刑言渡手続の正当性を説明していることからも明白である。従つて、原審が右没収刑の憲法適合性を考慮しない訳がなく、原判決の控訴棄却の裁判には、第一審の没収刑言い渡しに対する合憲判断が職権により為されたことを黙示的に示している、と言わざるを得ない。即ち、原判決の瑕疵は、憲法違反の第一審判決を不当に看過した訴訟法違反(職権調査義務違反)なのではなく、憲法違反の第一審判決に対して職権で右憲法違反を是認し、そうすることによつて原判決自らが憲法違反を犯した、という瑕疵なのである。

(六) よつて、原判決は憲法第三一条第二九条に違反して第一審判決の違憲判断を是認して言い渡された控訴棄却の裁判であつて、この憲法違反が原判決に影響を及ぼすべきことは言うまでもないから、原判決は、刑事訴訟法第四一〇条第一項本文、第四〇五条第一号により、破棄されるべきである。

二、原判決は、次のとおり最高裁判所判例に違反する第一審判決を看過しており、この点は適法な上告理由にならないとしても、判例の統一の為、特に職権による原判決破棄を求める。

(一) 本件第一審判決は、判示第二の罪である無許可輸入罪と関税逋脱罪とを観念的競合とし、これと判示第一の罪である覚せい剤の営利目的輸入罪とを併合罪として処断している。

(二) 最高裁判所大法廷判決昭和四九年五月二九日最高裁判所刑事判例集二八巻四号一五一頁は、「刑法五四条一項前段の規定は、一個の行為が同時に数個の犯罪構成要件に該当して数個の犯罪が競合する場合において、これを処断上の一罪として刑を科する趣旨のものであるところ、右規定にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ、構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価を受ける場合をいうと解すべきである。」と言う。

(三) ところで、本件第一審判決認定の罪となるべき事実は、要するに、覚せい剤を営利目的で密輸入した、というものであつて、現実の輸入行為は一回しかない。無許可輸入罪の本質は許可を得なかつた点にあるのだが、純粋不作為犯ではなく、這わば、作為犯と不作為犯との結合犯であるから、このような罪の場合は、他の罪との罪数判断の際は、右罪の作為犯的部分と他の罪との比較という形で判断されなければならない。蓋し、許可を受けない、という不作為の動態を罪数判断の基礎とすることは、既に構成要件的評価が為された後の判断となつてしまい、右最高裁判所判例に反するからである。従つて、本件のように一回の輸入行為で無許可輸入罪と営利目的覚せい剤輸入罪とに該当するときは、両者は観念的競合と解すべきであり、併合罪加重すべきではない。従つて、本件第一審判決は破棄されるべきである。

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